ペットのための信託

寺島司法書士事務所 司法書士 寺島優子

ペット数

現在日本で飼育されているペットの数は犬猫合わせて1972万5000頭です(平成28年全国犬猫飼育実態調査より)。最も多く飼育している年代は50代、続いて60代です。ペットが家族の一員として大切にされる中で、年々ペットの平均寿命が延びていき、現在は15歳程に達しています。動物医療の充実や飼育環境や食事の変化等がペットの長寿命化に影響を与えているようです。

飼主の高齢化

核家族化で、ペットに心のよりどころを求める飼主が増加する中、飼主自身の高齢化を原因とする飼育放棄の問題が、非常に多く発生しています。
現在、ペットと一緒に入所できる老人ホームは数が少ないため、泣く泣く行政機関に持ち込んだり、又は施設入所が相当であるにも関わらず自宅でペットと一緒の生活を続ける方もいらっしゃいます。こうした事態は飼主、ペットにとって幸せであると言えるでしょうか?最後の世話までを考え、ペットの幸せを検討した上で、飼育を始める必要がありそうです。飼主の認知症や相続発生にも関わらず、現在飼っているペットが最期まで幸せに生きる為に、あなたには何ができるでしょうか?

飼主が認知症になったら?

あるとき、飼主の判断力が低下してしまいました。認知症になると、怒りやすくなってペットに虐待してしまうことがあるかも知れません。ペットの存在が転倒リスクに繋がる可能性もあり得ます。ペットに必要な世話を、自身ではできなくなった時、どのような事態が生じるでしょうか。
飼主の判断力が低下し、法定後見人を選任するための申立をしたとします。法定後見人は裁判所の監督を受けながら、飼主たる本人の財産を、本人のために、無駄遣いしないように管理します。ペットは本人の所有物(法律上、物として扱われる)なので、後見人が引き取って飼うことは利益相反にあたり、できませんので、ペットの行く先を飼主自身が準備しておかなければ、困ることになります。ペットも高齢化しているので老犬猫ホームに入れたいと思いつつ、飼主が認知症になったとします。認知症になった後に選任された法定後見人には、ペットのために老犬猫ホーム等の高額な費用を負担することは、認められない可能性が高いです。認知症になる前に、飼主自身が老犬猫ホームと予め契約しておく、譲渡先を決めておく、その他の対応をしておく等、事前の対策を講じておかなければ大切なペットを守りきれないかも知れません。そしてそもそも、認知症になった後、法定後見人が選任されるまでの間に、長い空白期間があれば、ペットの命が保障されません。譲渡先に金銭の受け渡しをするのであれば特に、事前に対応が必要です。残念ながら、飼主が介護施設に入所するときに、ペットも一緒に受け入れる施設はまだまだ少ないのが現状です。

任意後見契約

任意後見契約であれば、認知症になった後の自分の財産の管理を、予め信用できる者との間で、契約しておくことができます。ペットの処遇までを決めておき、飼主の認知症発症後は、ペットが飼えないのであれば本人が決めておいた相手にペットを譲渡する、老犬猫ホームと契約するなど、任意後見人が、飼主の代わりに必要な契約を結ぶことが考えられます。予め財産管理を頼む相手を見つけておくことで、飼主が、ペットの世話が難しくなった際に、スムーズに後のことを対応してもらうことができます。

遺言でペットを託す

飼主の死後、遺言や死因贈与契約でペットを譲るという方法があります。ペットの飼育費用も一緒に譲渡して、引受先に負担をかけないようにします。引き受けた相手がきちんと義務を果たすかを見張るための遺言執行者を選任しておくこともできます。
但し、遺言でペットと飼育費を受ける受遺者が、ペットの飼育は自分には負担が重過ぎると感じれば、遺贈を受けるのを拒否することができます。遺言の通りの財産を譲り受けたのに、遺言の内容を実現しない(ペットの飼育放棄)受遺者もいます(この場合は、遺言執行者が受遺者の責任を追及します)。
死因贈与契約は、遺言と違い一方的なものではなく、当事者同士の契約なので、遺言よりは、相手が約束した内容を実現する可能性があります。
ただ、どちらであっても、飼育費は飼主の死亡時に一括で渡すので、お金が一度に使い込まれてしまい想定していたペットの幸せな生活が実現できない可能性も否定しきれません。ペットの終生、確実にお金を渡し、ペットの幸せな生活を見届ける方法はないだろうかと検討されたのが、次の、ペットのための信託です。

ペットのための信託

この方法は少し複雑です。飼主は委託者として、ペット及び飼育費を受託者と契約して信託します。ペットの飼育をする人は、いったん信託されたペットを預り、受託者からペットの飼育費用を定期的に一定額受け取ります。受託者は信託された現金を管理し、ペット保険の管理等も適切に行います。当初は、飼主が元気なので、自らペットの飼育者となります。飼主(たる委託者)が、認知症、施設入所、死亡等の理由により飼育不可能になると、予め決めておいたNPO法人等、飼主に代わる飼育者にペットを引き継ぎます。NPO法人等は、受託者に託した財産から飼育費用を受け取り、飼育を続けます。認知症になった飼主が会いたいと思えば、現在の飼育者に連れてきてもらうような契約も可能です。ペットが亡くなった等、信託の必要がなくなった時に、この信託は終了します。終了時に残った現金を渡したい相手があるのであれば、財産の帰属先として契約時に指定しておきます。
この方法であれば、金銭を管理する者は、定期的に必要な額までしか飼育者に支給しません。一度に渡して使い込まれる危険は減ります。また、遺言や死因贈与のように相続発生後の問題だけに対処する訳ではなく、飼主の認知症が発症したり施設に入所したタイミングで、飼育を別の者に確実に引き継ぐという、生前の問題へ対応できる契約を交わすことができます。
但し、信託契約には財産を管理するもの(受託者)、飼育者(受益者)が必要です。ペットの寿命が長いために、財産管理者が先に亡くなったり、施設入所で不在になってしまうと、別の者を予め選任しておかなければペットの命を確実に守れません。飼育者を探すのは簡単ではありません。更に言えば、飼主が認知症になった後に、財産を管理するもの(受託者)がペットのために用意した金銭を適切に管理しているかどうか第三者に監督してもらう必要があるとなれば、別途、信託監督人を定めることになります。登場人物が多い分、譲渡先を予め決めておく方法や老犬猫ホームに入る方が、費用や手間がかからず済むかも知れません。