後見と民事信託2

寺島司法書士事務所 司法書士 民事信託士 寺島優子

家族間信託の利用で成年後見制度を回避することはできるのか?

認知症などにより判断力が低下すると、生活に必要な、様々な意思決定ができなくなります。また、不利益な契約内容であっても不利益との判断ができずに、契約する恐れが増えていきます。こうした判断力の低下した方に必要な意思決定を代行し、権利を守るために選任されるのが成年後見人です。

昨今、この成年後見人に対する批判が聞かれるようになりました。後見人に対する報酬の支払、不正事案の数、成年後見制度の硬直的な運用等、批判の理由はいくつかあげられるようです。
成年後見制度では、現在、第三者後見人の選任割合は7割に達しているので、家族以外が選任されたのであれば、毎月2万円程の報酬の支払がなされているはずです(但し、家族が後見人となった場合であっても、後見人が報酬を望むのであれば、支払は発生します)。

家族が選任されなくなった主な理由は、不正事案の増加が原因のようです。不正金額は非常に高額であり、平成23年には金33億4000万円(うち専門職が金1億3000万円)、平成24年は金48億1000万円(うち専門職が金3億1000万円)、平成25年は金44億9000万円(うち専門職が金9000万円)、平成26年は金56億7000万円(うち専門職が金5億6000万円)、平成27年は金29億7000万円(うち専門職が金1億1000万円)とのデータが出ています(内閣府成年後見制度利用促進委員会資料)。
こうした不正が行われれば、被後見人たる認知症高齢者の今後の生活が立ち行かなくなります。高額な資産をお持ちの認知症高齢者の場合には、報酬を支払ってでも第三者後見人を選任するのは仕方ないとの判断も頷けます。

もっとも、誰を後見人に選任するかは、申立時に家庭裁判所の判断によりますが、親族を選任してほしいという強い希望があるような場合には、後見監督人をつける、後見制度支援信託の手続をとる等、周囲の支援者の希望も確認の上で手続は進められているはずです。他にも、予め任意後見契約を結んで、家族を任意後見受任者としておけば、家族が後見人になれるわけですから、準備をしておくことで、ある程度、本人や家族の意思に反する事態は防げるのではないでしょうか。
超高齢社会が到来し、長生きする方が増える中で、認知症はもはや特別なことではありません。高齢者の5人に1人は認知症を発症するとも言われます。
つまり我々誰もが、ある程度の年齢に達すれば、自分のことを自分で判断できなくなる可能性があります。そして、認知症になってからの人生は長いのです。
長期間、自分のことを判断ができない状態が続けば、いろいろな弊害があります。

たとえば次のようなことが起こったとします。

  1. だいぶ前に親(既に死亡)が購入してそのままになっていた不動産が、第三者によって時効取得(占有)された。
  2. 親族の一人が亡くなり、自分が相続人となったので、遺産分割協議をしなければならない。
  3. 自宅の隣が売りに出されて、土地の境界確定に協力を求められた。
  4. 詐欺的な契約をしてしまった。

こうしたとき、認知症高齢者に代わって、認知症高齢者のために判断して動いてくれる者が居ないと、関係者は、どう解決すれば良いのか困ってしまいます。
認知症になったので、こうした判断の一切はできません、と返答して終わらせる訳にはいかないのです。

家族間の信託を利用することで、成年後見人を選任せずとも認知症高齢者の財産を動かすことができるか?という問いには、認知症になる前に、信託を利用した財産については、既に認知症高齢者の財産ではなくなっているので、その通りですとお答えすることができます。
しかし、家族間信託を利用したとしても、認知症高齢者に上記の例のようなケースがあった場合に対応はできるでしょうか?①については時効取得されるまで親から承継した遺産があることや、第三者の占有に気づかなかったわけですから、当然、信託財産には入っていないはずです。そうすると今後の手続を、受託者に任せることはできません。②についても、遺産分割協議を代行する権限は受託者にはありません。③は自宅を信託しているかどうかによって結論が変わります。④は詐欺的な契約を取り消す権限は、受託者にはありません。但し、財産の殆どを信託しているのであれば、手元にある現預金が少ないので、詐欺被害にあうとしても少額で済むでしょう。
つまり、家族間信託を利用すれば成年後見制度を必ず回避できるかという質問に対しては、難しいと答えざるを得ません。人の一生にはいろいろなことが起こります。信託は、財産に関する管理・処分・承継機能があって、非常に良い制度ですが、その受託者は、認知症高齢者の包括的な代理人ではないので、信託か後見かの二者択一で認知症高齢者をフォローできる訳ではないのです。
また、法定後見人は、認知症になった後に裁判所に選任してもらえば足りますが、家族間信託は、財産所有者が認知症になってしまえば利用できません。信託組成には時間がかかり、仕組みは複雑です。仕組みをきちんと理解して、財産を信託設定する意思が必要なので、早めに着手する必要があります。

家族間信託を利用しても、認知症高齢者の人生には様々なことが起こりうると言った点を理解した上で、認知症になった後の長い人生の包括的代理権について、誰にどのように任せるべきか、家族と話し合う機会があると良いです。