配偶者亡き後問題

寺島司法書士事務所 司法書士 民事信託士 寺島優子

私亡き後、妻の暮らしを守りたい

平成29年の日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.26歳と、男女ともに高齢化しており、寿命の男女差は大きいことが分かります。夫が働き妻が専業主婦の夫婦の場合、夫亡き後、法定相続人間で夫の遺産を分けるとき、妻が住み慣れた環境での暮らしを続けるためには、亡き夫名義の自宅を他の相続人に渡すわけには行きません。そうかといって、亡き夫の預金を他の相続人に渡してしまえば、生活資金がなくなります。
亡き夫の法定相続人が妻Aと子どもBの場合、将来妻Aが亡くなれば、自宅の名義は子どもBに変えるのだから、費用を二重にかけることはないだろうと、夫亡き後、自宅の名義を夫から子どもBへ移し、妻Aには使用を続けさせることがあります。しかし、このやり方は、妻Aと子どもBの仲が良好なうちは良いのですが、悪化すれば当初の約束に反し、妻Aが自宅を追い出される怖れがあります。子どもBに子どもが産まれて養育費が必要となった、子どもBの配偶者と嫁姑問題が起きた、子どもBの事業がうまくいかなくなった等、仲が悪化せずとも自宅を追い出される要素はあります。

生前に妻に自宅を贈与する方法

こうした事態を防ぎ、妻の安心できる暮らしを確保するため、夫が元気なうちに妻に自宅の名義を移すことが考えられます。婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産又は居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合に、贈与税の基礎控除110万円の他に最高2000万円まで配偶者控除を使える特例があり、相続税対策の一環として行われます。
但しこのやり方だと贈与税について配偶者控除を使うには贈与税の申告が必要となります。また、不動産の名義を移す際には他にも税金が発生します。登録免許税は、配偶者亡き後に相続で取得した場合の5倍必要になります。不動産取得税は相続で取得したのであれば非課税なのですが、この配偶者控除を使う場合だと課税されます。他にも、相続であれば小規模宅地の特例が利用できるところ、生前に名義を移せば利用できなくなることもあり、確実に妻名義にできる代わりに税金面で検討すべき事項が多いので、しっかり計算されてから行うことをお勧めします。

遺言で妻に自宅を遺す方法

生前贈与では税金面でのメリットが感じられないとすれば、死後に自宅の所有権を妻に遺す旨の遺言を書く方法はどうでしょうか。遺言の場合、遺留分の検討が必要です。妻以外の相続人で遺留分がないのは、法定相続人の中でも兄弟姉妹のみです。子どもや直系尊属には遺留分があります。子どものいない夫婦で、親も他界しているのであれば、遺言で妻に財産を遺すことで、他の法定相続人である兄弟姉妹と妻が自宅や預金を分け合う必要はなくなります。子どもや、子どもがいなくとも直系尊属が存命の場合には、遺留分について考慮した遺言を遺してください。

民事信託で妻が自宅を利用できるようにする方法

信託契約や遺言信託で、自宅を含む財産を信託財産に変え、自宅の利用権等を受益権として妻に与える方法があります。信託期間は妻の死亡までとし、妻が生きている間は信託財産を妻が利用できる(受益権)ように設定します。妻が亡くなった後は信託財産を帰属権利者に承継させます。このやり方だと、受益権の内容は自宅を利用する権利だけではなく、妻が施設に入所することになればその入所費用ねん出のため、受託者が自宅を売却して、その費用に充てる定めをしておくことができます。妻の状況の変化に応じて信託財産の形を変えて行けるのです。これがもし所有権を渡してしまうと、妻が認知症になれば売却ができなくなってしまうのですが、受益権であれば、妻の判断力低下に左右されずに信託財産の形を変えて対応できます。
但し信託を利用する場合にも、委託者である夫死亡時点における遺留分の問題は検討が必要です。
信託を設定するには契約書作成、信託による所有権移転登記にコストがかかります。
受益者が委託者夫である場合には信託財産の移転がないものとして課税は生じませんが、妻を受益者に設定するのであれば財産権の移転があるものとして課税対象となります。例えば夫の生前に妻を単独受益者とする信託を設定し、信託を開始させるのであれば、妻に財産を贈与したと判断されます(婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産又は居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合には、配偶者控除の利用が可能なようです)。
夫と妻を受益者とし、夫の生前から信託が開始する形をとり、「妻が取得する受益権の割合は委託者である夫の扶養義務の範囲内とする」という定め方をすれば、直ちに課税の対象とはならないと考えられます。
当初は夫を受益者とし、夫の死亡時点で妻が受益権を取得する場合には、夫から妻へ財産の所有者が変わったものとして、課税(相続税)が生じます。受益者妻の死亡で帰属権利者へ財産を移す際にも、妻から帰属権利者へ財産の遺贈があったものとして課税(相続税または贈与税)が生じます。
不動産取得税については、信託設定時に受託者に信託財産を移すのはあくまで受益者のためなので、受託者は委託者から信託財産を取得したとは考えず、受託者に不動産取得税は課されません。これに対し、相続によって承継されたのと同一視できる場合を除き、信託終了時には不動産取得税が課されます。
信託はこのように税金面での検討が必要です。
また受託者となれる適任者が探せなければ信託は利用できません。

配偶者居住権

高齢化する我が国においては、遺される配偶者の年齢が高くなり、配偶者亡き後の保護の必要性が高まっています。こうした事情を踏まえて改正されることになった相続法では、配偶者の居住の権利が認められました。配偶者居住権の成立要件は、①配偶者が相続開始の時に被相続人所有の建物に居住していたこと②その建物について配偶者に居住権を取得させる旨の遺産分割、遺贈、又は死因贈与がされたこと、の2点です。
被相続人が不動産の共有持分を持っていた場合では、共有者が配偶者である場合を除き、配偶者居住権は成立しません。
配偶者居住権の内容としては、無償で居住建物を使用することができる権利です。居住建物の使用に必要な範囲で敷地の利用もできます。
配偶者居住権は、配偶者の一身専属権なので、他の者に譲渡はできません。配偶者が死亡すれば権利は消滅します。死亡以外にも、協議や遺言で期間を定めた場合には、定めた期間の満了時に消滅しますし、居住建物の全部が滅失してしまえば使用できなくなるため、権利は消滅します。
配偶者居住権は、所有権を取得するよりも廉価に居住の権利を確保できるようにするための権利なので、所有権より低く評価されます。ですから、所有権では、預金などは僅かしか相続できなくなりますが、配偶者居住権を受ければ無償で継続して住み続けることができる上に、預金についても、所有権を取得したより多くの相続分を主張できることになります。それでは配偶者居住権はどの程度の評価を受けるのかと言うと、下記のような計算式によるのではないかとされています。
配偶者居住権の評価額=建物賃借権の評価額+(賃料相当額×存続期間‐中間利息)
配偶者居住権を取得するために遺産分割協議をしても、協議がまとまらなければ調停を行うことができますが、家庭裁判所では、①共同相続人の間で配偶者に配偶者居住権を取得させる合意がなされている、②配偶者が家庭裁判所に配偶者居住権の取得希望を申し出た場合で、居住建物の所有者の受ける不利益を考慮してもなお配偶者に配偶者居住権を取得させる審判をする必要があるときに限り配偶者居住権を認める審判ができるとされています。ですから、確実に自宅に住む権利を確保してあげたいのであれば、遺贈、死因贈与の方法が望ましいです。このとき、遺言で自宅を妻に相続させると書くのは、自宅の所有権を妻に渡す方法なので、配偶者居住権の遺贈とは異なります。
改正相続法では、配偶者居住権が遺贈または死因贈与された場合、婚姻期間が20年以上の夫婦間であれば、原則、特別受益として取り扱わないこととなりました。居住用不動産の贈与等についても同様です。今まで相続人に対して贈与や遺贈をすれば、被相続人から遺産の先渡しを受けたものとして、被相続人による持ち戻し免除の意思表示がなければ、一度遺産に戻したうえで各相続人の取得分を計算していました。しかし改正相続法によれば、このような贈与等は配偶者の長年の貢献に報いようとする行為であるとして、被相続人による持ち戻し免除の意思表示を推定する規定を置いたのです。