障害のある子を守る成年後見と民事信託

寺島司法書士事務所 司法書士 寺島優子

親亡き後問題

先天的な障害、もしくは交通事故などの後遺障害によって、子ども自身が、将来に亘り自分の財産を管理することが難しい場合、通常は、親が、子どもの財産の管理を行うことが多いです。
施設に入った子どもであれば、入所施設が、金銭管理を可能な範囲で行うこともあります。この場合も、全面的に施設に任せるわけには行きませんので、親が財産管理内容の最終チェックを行います。
障害のある子を持つ親の気持ちは、非常に複雑です。「私が亡くなった後、この子の世話を一体誰に託せば良いのか?私がこの子より一日でも長く生きられればいいんだけど」といった悩みがあるものです。
障害のある子にとって、一番頼りになる親亡き後、どのようにして、安心できる生活を続けていくのか。そこを解決する方法を考えてみたいと思います。

措置から契約へ

障害者福祉サービスは、かつて措置制度といい、行政が一方的にサービス内容を決めていました。しかし社会が変化し、障害者に対する福祉サービスの充実、ノーマライゼーションの理念の浸透等があって、利用者側が自分の望むサービスを選択できる制度へと変わりました。
自分の受ける支援内容を契約で決めるようになれば、事業者側は、選択してもらうために創意工夫するようになります。
契約するわけですから、自分の契約した内容が明らかになりますので、権利義務関係は明確になります。行政ではなく、自分自身(あるいは親)が支援内容を決めるので、本当に必要な支援を選べるようになります。
しかし、こうした変化によって、一つの疑問が出てきます。障害者のために契約を結ぶのは一体誰なのかというものです。

障害者に必要な契約

障害年金、医療や入院契約、介護サービスやプランの作成、施設入所契約、行政手続等、契約が必要な制度に変わったことで、様々な契約内容を理解して、自分に必要な内容を選ぶ必要が生じました。親がいるうちは、これら障害のある子に必要な選択を、たとえ子どもが成人に達していても、親が代わって対処しているのではないでしょうか。我々は日常的にあらゆる契約を行う必要があります。その契約を自身ですることが難しい場合、頼りになる親の亡き後、どのような支援者を残すかを考えておかねばなりません。

成年後見制度と自立支援事業

契約を締結するのにほんの少しの支援を受けられれば対応できる方なら、地域の社会福祉協議会が提供する、日常生活自立支援事業を利用することが考えられます。
他にも、成年後見制度の補助保佐申立などで、適切な支援者を付けておき、その支援者たる補助人等が、障害ある子の利用する契約を、一緒に検討することも考えられます。成年後見制度では、後見人・保佐人・補助人を障害の程度に応じて選任することができますが、親族がこの後見人等に就任するのであれば、報酬は発生しません。成年後見制度を使うことで、子ども1人で行うのは不安であるような重要な契約、複雑な契約をサポートしてもらうことが可能となります。報酬の発生しない親族がまずは後見人になっておいて、親族が高齢で動けなくなった時に、第三者後見人に引き継ぐと言うことも可能です。
日常生活自立支援事業との大きな違いは、後見人等は一度選任されると、途中で簡単にやめることはできないが、日常生活自立支援事業は契約なので、他人の関与が嫌だと思えば、途中で打ち切ることができます。まずは第三者に関与されることを、障害をお持ちの方がどのように感じるのか、試してみたいということであれば、日常生活自立支援事業をお勧めします。後見人等は一度選任されると、ほぼ一生の付き合いとなります。障害のある本人のために必要と思っての関与であっても、本人の意思とは反対の結果を生むこともあり得ます。

後見制度を利用するとできなくなること

後見人等は本人の財産を、本人のために管理するのが仕事なので、障害のある子どもの親族にいくら金銭的に恵まれない者がいても、子どもの財産をその者のために支出する訳にはいきません。親が障害のある子どもの人生が豊かになるようにと、たくさんの遺産を残したとします。その遺産は、後見人等によって子どものために支出されますが、子どもの世話をしてくれた施設、親切な隣人に、残った財産を渡すということはできません。子ども亡き後は、子ども自身に法定相続人がいなければ、財産を国庫に帰属させることになります。
確かに子供の支援者は必要だが、財産については、一旦は子どもに残すけれど、子どもが亡くなった後は福祉団体に寄付したい、もしくは、障害のある子どもの為に多くの財産を残すけれども、子どもの日常の面倒を見てくれる兄弟の生活費も支援したい等、後見制度では融通が利かせられない方法をお探しなのであれば、家族間で行う民事信託の制度を利用することが考えられます。

民事信託とは

民事信託は、財産を、特定の目的のために自分の財産から切り離し、信用できる者に託して、その信用できる者が、定められた特定の目的のために、財産の管理・運用・処分・承継を行う仕組みです。
障害のある子どものために、財産は残したいが、子ども亡き後は、福祉団体に寄付したい希望があっても、親がもつ財産をいったん子どもに渡してしまえば、その財産の使い道を指定することはできません。与えた財産は、子どもの所有物なので、子ども亡き後の財産の承継先は、子どもにしか決められません。子どもに遺言を残す能力がないとしたら、残った財産の帰属先は子どもの法定相続人、法定相続人がいないのであれば国庫に帰属することになります。
それでは勿体ないので、障害のある子どもには何の遺産も残さず、障害のある子どもの兄弟へ全財産を残し、兄弟に障害のある子どもの世話を頼む遺言を書いたとしても、兄弟がその義務を確実に果すかは分かりません。兄弟が遺産はもらうが障害のある子どもの世話をしない場合、ちゃんと義務を履行するように請求したり、遺言の取消しを裁判所に請求することが、障害のある子どもにできなければ、子どもを守る方法がありません。
子どもに財産を残して後見人等に管理を任せた場合、後見人等は子どものための財産管理を行うので、不必要な支出、子ども以外の者のための支出、リスクをとった運用等はできません。成年後見人等の行う業務はある程度定められた範囲で行うからです。
このような不便を解消するために、信託を使います。財産の残し方として、完全に子どもに財産を渡すわけではなく、子どもが生きているうちは子どものために使ってもらうお金だが、子どもが亡き後は福祉団体に寄付するというような、財産の管理、運用、承継の仕方を指定する信託です。
民事信託を使う場合、財産の所有者は子どもではなく、管理や運用は、財産を託された者が行います。子ども亡き後、子どもの遺産にはならないので、国庫に帰属せず、当初決めておいた通りに、福祉団体に寄付されます。
多くの財産を障害のある子どもに残しても、後見人等がついていなければ、騙されて財産を奪われるリスクは否定できません。しかし信託して運用益を子どもに渡す方法では、毎月の生活費相当額を定期的に支給するので、全財産を奪われるリスクを回避できます。
民事信託を設定する場合に、一番大切なのは、財産の管理処分運用を担う受託者(信じて託される者)の存在です。この受託者を、親族の中のどなたかが引き受けられるのであれば、遺言や成年後見制度では難しかった願いが、叶えられることになります。

浪費癖のある子ども

民事信託の仕組みは、浪費癖のある子どもにも有効に機能します。浪費者は、成年後見制度にあっては、その者に判断能力があれば適用外です(精神上の障害による浪費癖であれば、成年後見制度の利用が可能です)。そうすると、浪費者にひとたび財産が渡ればあっという間に費消してしまう可能性が高いけれども、その使い方に介入する仕組みがありません。この時、民事信託を利用すれば、大きな財産を一度に渡すのではなく、受託者が管理運用して、その運用した財産から、毎月一定額のみ浪費者に渡す仕組みをとることになり、渡された範囲でしか費消される恐れがなくなります。