おひとりさまの死後事務(民事信託の活用)

寺島司法書士事務所 司法書士 寺島優子

死後事務委任契約の限界

死後事務委任契約により、自分が亡くなった後の事務を依頼する場合、受任した葬儀会社が契約日以降に倒産するリスクを回避することはできません。
また、委任した者の立場に相応しくない内容の死後事務であるとして、委任者の相続人から契約内容を撤回されるリスクも存在します。東京高判平21.12.21判時2073.32によれば「委任者は自己の死亡後に契約に従って事務が履行されることを想定して契約を締結しているのであるから、その契約内容が不明確又は実現困難であったり、委任者の地位を承継した者にとって履行負担が過重であるなど契約を履行させることが不合理と認められる特段の事情がない限り、委任者の地位の承継者が委任契約を解除して終了させることを許さない合意をも包含する趣旨と解することが相当である」としています。この判例から、葬儀社の引き受ける死後事務は、後々撤回などの問題が生じにくい、低年収、少資産の依頼者の契約に限られるのではないでしょうか。
また、契約内容が長期間に亘るのであれば、現行の相続法秩序を乱すことにもなります。ですから一般的に、葬儀会社で死後事務として受任できるのは、長期間の事務(墓所管理、年忌法要、長期の永代供養)を含まない内容になっているはずです。
また、死後事務の内容が遺言に抵触してはなりませんので、その点の調整も必要となります。

横須賀市のエンディングサポートプラン事業

横須賀市では、おひとりさま高齢者の終活を、市が支援しています。いくら亡くなったおひとりさま高齢者が、葬儀費用を残していたとしても、その預金は相続人にしか使うことができません。それに対して、身元が判明しながらも遺骨の引き取り手のない遺体が増加しています。残された預金を使って、ご本人の望む葬儀ができたらとの趣旨で、葬儀社、市、おひとりさま高齢者が死後事務の委任契約を締結します。市が関与することで、おひとりさま高齢者の最期の契約が、きちんと実行されるという安心感が得られます。
但し、この契約を結ぶには、月収が18万円以下である必要があります。

任意後見人に死後事務までを依頼

任意後見人に死後事務までを依頼する方法が在ります。この場合には、特段の収入・資産の基準は存在しません。任意後見人には、おひとりさま高齢者が一番信頼を置く人物になってもらい、亡くなった後の処理もあわせて託すべく、任意後見契約と一緒に、死後事務委任契約を締結します。
任意後見人は、おひとりさま高齢者の存命中から財産を管理しているため、預かった財産の中から死後事務に必要な費用の支払を行います。もともと任意後見人は親族との関係もできているので、比較的スムーズに事務処理は行われます。司法書士が締結する死後事務委任契約はこのタイプです。

信託を使った死後事務

では、任意後見契約を結ばずに、民事信託の方法で、死後事務だけを第三者に任せることはできるでしょうか?
この場合、委託者であるおひとりさま高齢者が、受託者に死後事務に必要な財産を預け、委託者の死後、死後事務が必要となった時、受益者は死後事務処理費用を受託者から受取り、死後事務を行い、費用を支出します。信託契約とは別に、おひとりさま高齢者と受益者との間で、死後事務委任契約も締結します。
死後事務に係る費用を信託することで、亡くなった時の遺産とは明確に分けることができますし、受託者の倒産リスクを回避できます。
信託事務の適切な執行を確保する上で、受益者と受託者、つまり死後事務の委任を受ける者と死後事務費用を預かる者を同一人物にすることは望ましくないため、葬儀会社や任意後見人に死後事務を依頼するときのようなシンプルさはありません。しかし、死後事務が問題となるのは、死後事務処理費用と遺産との分離、受任者の倒産リスクです。こうした問題は、信託の性質からクリアできると言えます。