成年後見制度について

寺島司法書士事務所 司法書士 寺島優子

成年後見制度の現状

2016年12月末時点における成年後見制度(成年後見・保佐・補助・任意後見)の利用者数は合計20万3551人でした。
日本には2012年時点で462万人の認知症高齢者がいますから、成年後見制度の利用者がいかに少ないかが分かります。医療の進歩により平均寿命が延び、その延びが健康寿命の延びよりも大きいこと等から、財産を管理する能力がない高齢者は今後も増えていき、2025年には700万人に達すると言われています。成年後見制度を利用しない認知症の高齢者が、後見人が必要であるにも関わらず日々の契約を自分で行い、その数は442万人にも達し、今後も増加していくとすれば、法治国家としては非常に問題がある事態なのではないでしょうか。

利用が進まない原因

利用が進まない背景には、費用の問題(後見人報酬及び諸費用)、親族の間に他人である専門職後見人が関与することへの違和感、制度への理解の困難さ等が挙げられるかと思います。
申立時の費用については、法定後見では6830円、保佐・補助は7880円の他(横浜家庭裁判所管轄)、医師の鑑定が必要となれば5万円~15万円が必要となりますが、医師の鑑定を要するのは全体の約9.2%に過ぎません。
また後見人等の報酬については、基本報酬が月額2万円(但し管理財産額(流動資産の額)が高額な場合には加算)とされています。後見人等報酬は、親族が後見人等に就任するケースでは、親族自身が報酬をくださいという申立をしない限り発生しません。
また、成年後見制度は裁判所の監督の下に行うので、不明点があれば裁判所に問合せすることができます。専門職後見人の団体(弁護士、司法書士、社会福祉士、行政書士)も、成年後見制度の相談会や電話相談等を開催しています。こうした機会を利用して、きちんと制度を理解できる親族が後見人に選任されるのであれば、利用を妨げている事情は概ね解消されます。

親族後見人の数

それでは果して、親族は後見人等に選任されるのでしょうか。
裁判所が発表した2016年12月末時点のデータに於いて、成年後見人等と成年後見制度を利用する本人との関係としては、配偶者、親、子、兄弟姉妹及びその他親族が全体の約28.1%に過ぎず、親族以外の第三者が成年後見人等に選任されたものは全体の約71.9%となっています。親族以外の第三者の内訳は、司法書士9408件、弁護士8048件、社会福祉士3990件、市民後見人264件と続きます。
成年後見制度が開始した当初の2000年は、親族後見人が90%以上選任されていましたので、年々減少したことが分かります。これに対し、開始当初、専門職後見人の選任は全体の10%弱でした。
最高裁判所事務総局家庭局によると、2010年6月から2012年3月までの22か月間に於いて、親族後見人等の不正行為は538件あり(毎月24件)、1日当たり約800万円の被害が発生している状況にありました。こうした事情を踏まえて、親族後見人が選任される件数は、年々減少していきました。

申立しないと?

判断力が低下した時に、後見制度の申立をしても親族が後見人等に選ばれないのだったら、家庭内に弁護士や司法書士等の専門家が入ってきて、家計に口を出されてしまう。その上報酬まで払うなんてとんでもない!こうした理由で、申立を諦めたとしたら、どんな弊害があるでしょう?

「措置から契約へ」

ノーマライゼーション(高齢者や障害者が、住んでいる地域で普通に生活できる)の理念が社会に浸透するにつれ、「自分のことは自分で決めたい」という気持ちを尊重する流れが生まれ、その結果、福祉サービスを受けるにも、サービスを行政が一方的に決定するのではなく、本人が、自分の受けたいサービスを決め、事業者と契約をする制度に変わっていきました。その結果、判断力が低下した方であっても、福祉サービスを受けるには自らサービス内容を確認し、契約を締結する必要があります。
しかし、65歳以上の要介護認定者数は2013年度末で569万1000人です。75歳以上だと被保険者のうち23.3%が要介護認定を受けています。
要介護状態になれば、介護保険の申請や更新、必要な介護制度の利用、施設との契約、不要になった自宅の売却、病院の入院手続など様々な契約が必要となります。その時、判断力の低下があると、こうした契約を自分で行うことが困難となります。成年後見制度の中には自己決定権の尊重の理念があり、後見人等が本人のことを代わって決めるときには、本人の意思を尊重して行うこととされています。

特殊詐欺の被害

2016年の特殊詐欺被害額は406.3億円、被害全体の78%は65歳以上の高齢者です。老後の蓄えがあり、核家族化により孤立している在宅の高齢者に対し、健康等への不安を煽って、判断力の低下を悪用して、このような被害を拡大させ続けているのだとしたら、とても悲しいことです。判断力が低下したときには、家族、地域、行政などの適宜適切な支援が受けられるようにしていかなければなりません。

成年後見制度では後見人等が本人の財産を守るので、安心できます。

不動産の処分

施設に入所した後、自宅の処分を保留にされる方がいらっしゃいます。しかし、入所後に判断力が低下すると、自宅の修繕及び管理、不要な自宅の売買ができなくなります。その結果、管理不全の空家が増加します。
日本の全国の空家率は現在13.5%にも達します。空家820万戸のうち、管理不全の空家は318万戸存在します。神奈川県では、空家率自体は11.2%と低いのですが、人口が他県より多いため、大きな問題になっています。更に、神奈川県には75歳以上の高齢者の単身世帯が住む持ち家が約12万戸存在し、今後、急速に空家化が進むことが予想されています。
施設入所後も、自宅は最低年2回以上は確認に行く必要があります。その際に修繕が必要であれば、適宜行わなければなりません。管理不全の空家はすぐに荒れ果てて行き、動物の棲家となる、落書きされる、ゴミが勝手に捨てられる、犯罪に利用されるといった問題を引き起こす可能性があります。
国はこうした問題を解消するため、2014年11月に空家対策の推進に関する特別措置法を成立させました。この法律では、空家所有者の適切な管理責任が定められました。
公益財団法人日本住宅総合センターの試算によると、

  • 外壁材が落下し通行人の男の子が死亡した場合の賠償額は5630万円
  • 倒壊して隣接家屋が全壊し、夫婦と女の子が死亡した場合の賠償額は2億860万円
  • 空き家が原因で隣家に白アリ、ネズミの被害が発生した場合は23.8万円

空き家の放置は、非常に高額な損害を発生させる危険が在ります。

介護施設に入所した後も、自宅管理を適切に続けられないのであれば、適切な時期に管理や売却を代わって行う後見人を選任する必要があります。

親族が後見人になれるなら

親族が後見人になれるのであれば、申立を検討される方もいらっしゃるかも知れません。それではどのような場合に、親族が後見人に選ばれないのかを挙げてみました。

  1. 親族間で意見対立がある
  2. 親族後見人候補者が過去に本人と訴訟をしていた
  3. 親族後見人候補者に事務遂行能力がない
  4. 親族後見人候補者に破産等の過去があり、本人の財産を流用する恐れがある
  5. 本人の財産(流動資産)が大きい(1000万円以上)

このうち5については、親族後見人が選任される方法が2つ在ります。

後見監督人・後見制度支援信託の利用

流動資産額が1000万円以上あっても、専門職である弁護士か司法書士が後見監督人等に就任すれば、親族が後見人等になることができます。この場合は後見監督人等の報酬が発生しますが、専門職が後見人等になるよりは、報酬は低額です。

後見制度支援信託とは、親族が後見人になるけれども、200万円を超える大きな財産については信託銀行等に信託してしまおうというものです。現在、三井住友信託銀行、三菱UFJ信託銀行、みずほ信託銀行、りそな銀行、千葉銀行、中国銀行の6行にて取り扱いがあります。後見制度支援信託の名の通り、未成年後見か法定後見のみに利用が可能です。信託した財産は、家庭裁判所の指示書がない限り、引き出せなくなります。後見制度支援信託制度開始から5年で、信託金残高は5447億円に達しました(2017年3月末時点)。
この制度は利用開始時のみ、専門職後見人の関与が必要です。専門職後見人は、後見制度支援信託の利用が適切な案件か否かの検討を行い、収支の算出、信託銀行の選定、信託契約の締結を経て、親族後見人に契約後の後見事務を引継ぎます。

任意後見契約の利用

上記の他にも、後見人には自分の信頼する人物を置きたいという強い気持ちがあれば、判断力が低下する前に、公正証書で任意後見契約を結ぶという方法があります。この契約に於いて、自分の判断力が低下した後には、誰に後見人になってもらいたいのか、どのような財産管理を行ってほしいのかを明記します。契約によって定める後見人なので、任意後見人と呼ばれます。
「子どもたちの間で、私の財産の管理方法について意見の対立があり、私の判断力が低下した後に、どのように管理されるのか不安である、希望する施設に入れてもらえないかも知れない」等と言った不安があるのであれば、ぜひ活用していただきたいです。気持ちを明らかにするためにはエンディングノートが活用される傾向にありますが、任意後見契約はエンディングノートとは違って、法的な効力があります。公正証書で任意後見契約を結ぶと、任意後見人は明記された方法の通りに財産管理を行うことになります。本人の判断力が低下した後は、任意後見監督人(弁護士か司法書士)が、任意後見人が契約の通りに財産管理や身上監護を行っているかを監督してくれます。

 

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ご参加お待ちしております。